引越しや卒業や異動、忘れられないお別れ。春は節目の季節ですね。あれほど毎日顔を合わせていた人と、ある日からパタリと会わなくなること。旅立ちは、寂しいですが変化も連れてきます。「今生の別れ」の様な気分で思い出を辿っていたのに、月日が流れ、いつもの日常が戻り始めると、そんな自分さえも、思い出の中に滲んでいきます。

それでもふとした瞬間に、蘇ることがあります。親しかった人と、よくお喋りした夕方の駅前のカフェで。いつも手を振って別れた交差点を通りがかったときに。あんなに苦手だった資料作りをしながら先輩の口癖を口にしているときや、机の上にコーヒーカップを余計に並べてしまったときに。他人だったけど、身近だったあの人が、自分の中に確かに息づいていたことに、気がつくのです。

考えてみれば私たちは、日々、他の人とのやりとりの中で生きています。そして、言葉を交わし、行動を共にするうちにいつの間にか、相手の考えや習慣までもが、自分のなかに蓄積していくのです。身体を通って、自分の言葉になっていく。ならないものも、勿論たくさんあります。静かに少しずつ、新陳代謝を繰り返し、循環していきます。だから、別れは決して寂しいばかりではありません。遠く離れていながら、自分の中に残る感覚を探ってみると、ほんの少し心強い気分と、昨日までと違う自分に、出会うのです。