HUMANITY

〈AIMING スペシャルインタビュー #002〉
Miho Hatori(ミュージシャン)

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〈Special Interview for AIMING〉

#002

MIHO HATORI ミホ・ハトリ
(ミュージシャン)

伝説的バンド「チボ・マット」のボーカルを経て
現在ソロアーティストとして精力的に活動するハトリミホさんは、
今も昔も変わらずクリエイティブなエネルギーに満ち溢れた女性。
「ニュー・オプティミズム」をキーワードに、
溌剌としたビューティーの秘密と音楽へのひたむきな思いを語ってくれた。

ニューヨークの音楽シーンにおいて最も有名な日本人女性アーティストのひとりであるハトリミホさん。1990年代にニューヨークのロウアー・イースト・サイドで結成した音楽ユニット「チボ・マット」ではヒップホップにボサノバ、スウィングと多彩なジャンルのサンプリングをベースに、食べ物を題材にした歌詞をスイートかつパンクに謳うというシュールな世界観で、各国のオルタナティヴミュージックファンを熱狂させた。
音楽性だけでなくミュージックビデオで見せたビジュルセンスも強烈で、その唯一無二の存在はしばしば“伝説的”や“革新的”といった言葉で語られている。続く「スモーキー&ミホ」、「ゴリラズ」への参加を経て今、ミホさんはソロアーティストとして幅広く活躍中だ。


“素顔のハトリミホ”

ミホさんといえばステージ上で見せる天真爛漫なキャラクターの印象が強いが、自宅兼アトリエで出迎えてくれた姿は、艶やかな黒髪に大きな瞳をたたえた、深いバーガンディーカラーのリップがよく似合う大人の女性。ステージ上の自分と素のハトリミホは同一人物なのかと聞いてみると、必ずしもそうではないという。歌っているときは音楽の中にいて自分という存在を意識していないため、別の人間になっているのだとか。

「だから、パフォーマンスをする上でお化粧はすごく意味があるの。ステージに出る前のメイクアップで精神的にも準備が整うし、オフからオンへの切り替えになるし」
ステージ上とオフのときでメイクが劇的に変わるわけではないが、日常とステージの間にあるのがメイクアップの時間なのだという。


“THREEとの出会い”

THREEのことは、以前友人からリップをギフトでもらって以来、気に入っているというミホさん。
「冷たい印象のピンクっていうのかしら、こんな大人のピンク色があるなんて衝撃を受けたわ」
また、アメリカの商品は女性らしさを強調しすぎたプロダクトが多くて、マゼンダピンクのパッケージやドラマチックなフォントなど、強烈な見た目で購買欲が失せることもしばしばだと言うが、「THREEのシンプルに徹したパッケージデザインは素敵よね。私みたいにボーイッシュな層にとっても手が伸ばしやすいのは嬉しい」とにっこり。
マスキュリンなアイテムに囲まれたミホさんの家には、THREEのアイテムがごく自然に馴染む。もちろん誕生したばかりのTHREEエミングのプロダクトも、ミホさんのお眼鏡に叶ったよう。レッド・クレイなど天然由来成分100%のエミングソープは、バスルームのお気に入りアイテムとして鎮座している。
「きめ細やかな泡が心地よくて、しかも洗い上がりの肌が驚くほどすべすべになるの。肌の状態がよいと1日をハッピーに過ごせるし、自分に自信がでるわよね」


“不変の本質・変幻自在の創作”

大人っぽい表情のなかに、時おり少女のような笑顔をはじけさせるミホさん。チボ・マットからソロへと移行するなかで、自身に変化もあったのだろうか。「時代は移り変わっているけれど、自分のマインドやビジョンは10代の頃から変わっていないんですよ。今のプロジェクトも、高校生のときからやりたかったことだったんだなって最近気づいたくらい」と語る。
物心ついた頃からアーティスト志望で他者に迎合しない性格だったため、日本での高校生時代は変な子として浮いていたとか。女子高生という言葉の響きとはまったく異なる大人びた少女だったと聞いて、妙に納得させられる。そんなミホさんが10代のときに描いた夢「好きなものを集めて自分で表現すること」を実現させた企画が、現在進行中の「ニュー・オプティミズム」。アフリカやブラジル音楽のエッセンスと電子音が混じり合った楽曲に、ポップで天真爛漫なミホさんの声が混じり合い、脳内にリフレインするような作品が特徴的だ。
「『New Sincerity』という言葉(ポストモダンのカルチャーやアートを皮肉る意味)を聞いて、そうした潮流について疑問に思った。そこで反対の言葉を探して、見つけたのが『New Optimism』だったの」

さらに音楽活動のほか、ファッションのプロデュースやアートショーのキュレーションなど八面六臂の活躍を見せているが、「逆に一つのものに集中してずっと続けている人は本当にスゴイと思います。私には同じことをやり続けるって無理だから」と本人は苦笑する。毎回違うことをやってみては、周囲の予想を裏切る新しいハトリミホが生まれる。それは、音楽やクリエーションは人とのケミストリーで作られる、という彼女の持論があるがゆえ。曲によって異なるバイブレーションをもつ人たちと作業をして、偶発的に何かが生まれることが喜びなのだと語る。

「西海岸の勢いが増して、ニューヨークの音楽シーンが元気をなくして久しい。物価も高くて新進アーティストが住みにくい街になっているし。でも、大変だからこそやらなきゃ。その覚悟で20年這いずり回って来たのよ(笑)」
ましてインターネットの影響で音楽の聴き方も変わっている今、アーティストとして生き抜くのはさらに困難な時代。思うままに創作を続けているその裏には、現状を打破しようという意志の強さがあった。
「でも、楽しむっていう感覚がなかったら寂しいじゃない?」とミホさん。このあっけらかんとしたポジティブシンキングこそ、ミホさんらしい。


“インスピレーションを探して”

健康や年齢を理由に引きこもることなく、今も昔も変わらずナイトスポットに出かけては新しい音楽や才能との出会いに刺激を受けているというミホさん。音楽のほか美術館やギャラリーにも足を運び、「アートの展示を観ていても、このアイデアはニュー・オプティミズムに使えるなとか考えていて、常にインスピレーションを探している状態。でもそれが私にとって楽しい生き方なの」

そして、今はまっているとこっそり打ち明けてくれたのが、習字。「岡本太郎さんの『芸術は爆発だ』っていう名言って、すごいエネルギーですよね。でもあれは昭和のあの時代、あの場所で発せられたからこそ。2017年のニュー・オプティミズム的には『芸術は爆発……でしょ?』がしっくりくるわけ。有無を言わさぬエネルギーではなく、見かけとは裏腹な実体があったり、問いかけが重要だったり。それをね、墨と筆で書いたら宇宙と繋がった感覚が走ったの!」
ただ字を書くという作業だけでなく、エネルギーが外に出るという点で、曲を書くという行為とも通じるものがあるのかもしれない。暇を見つけてはイラストや習字で思いついたことを書き留めているという。


“自分の体に向き合う”

音楽や芸術の話をいきいきと語るミホさんだが、健康へのこだわりは?
「ジムもたまに行くのみで、精神のメンテナンスの方が大事かな。とにかく寝ること。それが一番」。拍子抜けするほどシンプルな答えだが、気になる健康法はすぐにトライするタイプというミホさんが最終的にたどり着いたのが、睡眠だったという。
「健康のためにはもちろん、ストレスの解消や肌や髪の美しさも、すべては睡眠時間が足りてこそ。特別なことをするのではなく、まずは自分の体を最も自然な状態に導くことから」と、基本の大切さを教えてくれた。かつては肌に何もつけない肌断食を続けたこともあるが、「何がいいって決めつけるのではなく、体調に応じてバランスを取るのが正解なのだと思う。女性の体ってホルモンバランスとかあって一筋縄ではいかないし、結局のところ自分の体に向き合うことが大事なのでは?」そんな答えにも、シリアスになり過ぎない“ニュー・オプティミズム”を感じさせる。
「そうそう、ニュー・オプティミズムって潤滑油のように、人との対話の中で見つけられるのよ!」とミホさんは大きく頷く。


“心待ちにする明日”

では年齢に対してもミホさんの意識はニュー・オプティミズム?
「もちろん! 歳を重ねることは、自分をよく知ること。それだけに自分ともっと付き合いやすくなって、楽しいじゃない?」と間髪をいれず即答する。
永遠に顔が変わらないなんてことは起きないし、加齢による変化は当たり前。ノスタルジックに過ぎ去った時間に浸るのではなく、今やこれからの自分や未来図にワクワクしていると語る表情は、自由ではつらつとしたエネルギーに満ちている。堂々と胸を張って楽しいことを謳歌しているミホさんの姿は、いつだって女性たちの憧れの的。
「自然の摂理に抗わず、毎日の肌や精神の状態を整えることで明日を心待ちにする、そんなニュー・オプティミズムがエミングでしょ?」と微笑む。年齢という数字に踊らされることなく、健康的な毎日を丁寧に過ごしていれば、自然と未来の自分をポジティブに描くことできるはず。

10年、20年後になりたい女性像はまだ見えていないというが、ひとつ確かなことは、ミホさんはずっとクリエーションを続けていく女性だということ。それはアーティストが天職である人間の宿命でもあるのかもしれない。
「これからも自分に正直に生きていたいわ。自分は自分だし、『No one can judge me(何人たりとも私のことはジャッジできない)』と勇気を持つことを若い女性に伝えていきたいかな」

MIHO HATORI(ハトリ・ミホ)
1993年、アートを学ぶためニューヨークに移住。本田ゆか氏と「チボ・マット」を結成し、ボーカルを担当。実験的なサンプリングとソフトなボーカル、シュールな歌詞がニューヨークのダウンタウンを中心にカルト的人気を巻き起こし、ワーナー・ブラザーズからメジャーデビューを果たす。バンドは一時期ショーン・レノンも参加していたほか、ミシェル・ゴンドリー、ビースティ・ボーイズ、トウワ・テイといった著名アーティストらとコラボレーションを行う。2001年の解散後は再結成をたびたび行いながら、ソロとして活動。現在は「ニュー・オプティミズム」名義でジャンルレスな音楽を発信し、日本を含めた世界各地でライブを精力的に行っている。また、ファッションブランドの展開やアートショーのキュレーションなど、あらゆるメディアで才能を発揮しているマルチなクリエーターでもある。