A Sense of Scent

香りの視点 No.001「匂」

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華雪「匂」
和紙,顔料,サラダ油,インスタントコーヒー
490mmx650mm

Kasetsu “Smell”(Nioi)
Washi, coloring, cooking oil, instant coffee
490mmx650mm

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一井りょう「匂」
4×5 フィルム :アナログ(手現像・手焼き)

Ryo Ichii “Smell”(Nioi)
4×5 film : analogue (developed by hand)

華雪さんへ先日は長い時間本当にありがとう。
本や音楽、映画の話、お互いのこれまでの人生の話….
時間を忘れるほどいろいろ話せて良かったです。華雪さんがすすめてくれた『MU [無] ー ペドロ・コスタ&ルイ・シャフェス』展*に行ってきました。
ふたりが敬愛する小津安次郎の墓碑に刻まれた一文字「無」に触発されたことから、
この展示に「MU」というタイトルがつけられているのですね。ペドロ・コスタの映像は、静寂のなかの陰影と独特の時間の流れなど、
個人的に引き込まれるものに溢れていました。
言葉や解説がほとんどないなかにも感じるものが多く、
なにより美しいと思った。「一方は映画、一方は彫刻と異なる表現領域にあるふたりの作品を
美術館という空間で作品による対話を試みる異色の企画展」と書かれていましたが、
この言葉を見ながら、私たちは今回、展示という手法ではないウェブ上の表現だけど、
私と華雪さんで、共有する言葉を見つけたいと思いました。
華雪さんは何を想うだろう。

また連絡します。
いい夜を。

りょう

<参考>
*『MU [無] ー ペドロ・コスタ&ルイ・シャフェス』展
2012年12月7日から2013年3月10日 まで原美術館にて開催された、ポルトガル現代芸術を代表するアーティストで映画監督のペドロ・コスタと、主に鉄を素材とする彫刻家のルイ・シャフェスによる展示。

りょうさんへ

原美術館に行かれたんですね。

わたしは、会場の最後にあった、ポルトガルのとある街の、
濃く暗い影に覆われ、光の届かない部屋を定点観測する
ペドロ・コスタの映像作品の前で足が止まりました。
ほとんど変化もなく淡々と続く映像には、時折光が差し込み、
するとはじめてそこにあるもの、そこにいる人が明らかになる。
その陰影に富んだ映像から、そこに様々な状況が複雑に入り混じっていて、
それを前に自分がなにを見ているのか、見ようとしているのかを確かめようとする
彼の視線を感じました。

それは、ひとつの場所と向き合おうとする彼自身のあり方にも思えて、
だとすれば、わたし自身は、ひとつの場所とどんなふうに向き合っているのか、
そんなことを考えてしまいました。

そしてわたしは肝心なことを見落としていました。
この展示はまさにジャンルの違うふたりがひとつのテーマで作品をつくっている。
わたしたちがやろうとしているのが写真と書の「対話」だとすると、
りょうさんとわたしの間を結ぶ、そしてわたしが書くことができる字はなんだろうと思っていました。

今日は新潟に来ています。
今は使われていない古い米蔵の裏にある潟で、北上する前の白鳥を見た後、
字を書いていました。

新潟には珍しい風のない青空の下で、渡り鳥である白鳥のことを考えながら、
その傍らで新潟に来てから自然と呼吸が深くなっている自分に気づき、
呼吸と香りや匂いの結びつきについても淡く考えはじめました。
呼吸という言葉に「呼」がという字が入っているのはおもしろいなと思います。
呼んで吸うのか…と。

そこから思いついたのは息という字で、この象形文字は鼻と心臓の形です。

深く息をすると、まず新しい空気がひんやりと鼻腔を通り過ぎる感覚があって、
その後に香りや匂いがやって来るような気がする。
息をすることは、今いる場所をより広く感じられる行為なのかもしれないと
考えたりしています。

華雪

追伸
今日いた築八十年の米蔵と、そこで書いた「鳥」の写真を添付します。

 

米蔵
鳥の作品

 

華雪さんの言葉、「息」。
私も華雪さんと同じものを感じていると思う。
「香り」という大きな言葉から、私たちのメッセージ(言葉)を
連ねていくのはどうかなと思った。

たとえば、「匂い」を調べてみると、

「匂い」
1. 色の映え具合や季節の変化などを表す叙情的な用語
2. 視覚を通して見られる鮮やかに美しい色合い。特に赤色についていう
(出典:『大辞泉』)

とある。
私は2番目にある、この「赤」という言葉が印象に残った。

たとえば、華雪さんがひと文字「匂」を書に。
私が「赤」を写真に。

作品が並んだときに、匂いがなぜ、「赤」なのか。
見た人は考えると思う。「匂」のように、意味があって連鎖させるのもいいのかも。

既に私たちの中で「香り」から想像する「匂」の会話ができていることから、
この対話のはじまりを実感しています。
毎回、私たちの対話から生まれる文字をお互いの作品に変化させていくのはどうだろう?

何故なら、言葉が与えられたものではない、
私たちの対話から生まれたものだから。

りょう

りょうさんへ

新潟から戻りました。

わたしも、「匂い」という言葉を、字典で引いてみました。
漢字には象形文字はなく、元となった字を書き違えて
出来たものだとあります(ときどきそういう成り立ちの漢字があります)。
わたしたちはこれまで「匂い」の話をしていたけれど、
漢字には「におう」としか読みがない。
つまり動詞しかない。
古語辞典を引くと【匂ひ/にほひ】とあり、意味が広がります。

色が美しく映えること/つやつやとした美しさ/かおり、香気
(出典:『例解古語辞典』)

現代語の「匂い」と「香り」には、国語辞典ではこういう記述があります。
(出典:『大辞泉』)

【匂い】
1そのものから漂ってきて、嗅覚を刺激するもの。
2いかにもそれらしい感じ・趣。
3芸能や文芸で、表現の内にどことなくただよう情趣・気分・余情。
4日本刀の刃と地肌との境に現れた、白くかすんだように見える部分。
5染め色、襲(かさね)の色目や鎧(よろい)の威(おどし)の配色で、
濃い色からしだいに薄くなっていくもの。ぼかし。
6「匂い威(おどし)」の略。
7視覚を通して見られる、鮮やかに美しい色合い。特に、赤色についていう。
8人の内部から立ち現れる、豊かで生き生きした美しさ。
9はなやかで、見栄えのすること。威光。栄華。
10声が豊かで、つやのあること。

【香り】「バラの甘いにおい(香り)が漂う」のように、
鼻に感じるここちよい刺激については相通じて用いられる。
また、そのものからおのずと出てくる感じについてもいう。

【匂い】は良い・悪い・好ましい・不快など、鼻で感じるものすべてについていう。
「いいにおい」「アンモニアのにおい」「魚の腐ったようなにおい」
また、そのもののうちに漂う雰囲気についてもいう。

これを読むと、わたしたちで考えたいのは、ここちよい香りだけでなく、
鼻で感じるものすべてについていう「匂い」についてなのかと改めて思っています。

華雪

りょうさんへ

りょうさんに借してもらったヴィム・ヴェンダースの本『かつて』*を読みました。
この間、夜読んで、昨日の朝、もう一度読みました。

彼の「かまえ」が、
目の前にあるものへの、
彼自身の「かまえ」が、
写し込まれるのだ。

ヴェンダース(=彼)がファインダーを覗く「かまえ」そのものが作品に写し込まれるというこの一節が、自分が制作に向かうときの姿勢と重なる気がしました。

そして本文に差し掛かり、ひとつずつのエピソードの冒頭でかならず繰り返される「かつて、」という言葉から、知人に聞いた匂いについての話を思い出しました。

「出かけた先から帰ってきたとき、自分の身体に染みついた匂いが洗っても洗ってもしばらく落ちなかったと言った人がいて。その人、それ以来、その匂いを忘れようにも、忘れられないそうでね。そんな匂いがあるんですね」と、知人はわたしにそう言ってしまうと、しばらく黙っていました。

沈黙の間、思いがけず吸い込んで、わたしにも深く記憶に刻まれた匂いがあるんじゃないかと思い出そうとしていました。そこには、いい匂いばかりでない、いろんな匂いがあるはずだと思ったんです。

「かつて、」同じ場所にいくつもの匂いがあった。
さまざまな匂いを思い起こさせる、そんな「匂」の字を書き留めたいと思っています。

華雪

*〈参考〉
ヴィム・ヴェンダース『かつて』(1994年、パルコ出版)
映画監督、Wim Wenders(ヴィム・ヴェンダース)の写真集。ショートストーリーと写真が連なる。

華雪さんへ

やっと便りが書けます。
作品が出来るまで、とても長い時間が必要でした。
華雪さんは もう書き終えたのかな。どう過ごしてるだろう。と思いながら、
作品に向き合っていました。

私たちの最初の作品は「匂」で
私が選んだのは 「赤 」。

「匂い」の意味に
「視覚を通してみられる鮮やかに美しい色合い。特に赤色についていう」
とあったことと、華雪さんと話してから、
私が感じる美しい赤を撮りおろしたいと思いました。

そこから、私は日本の赤を探して「漆」に、たどり着きました。

「どうして漆なの?」って華雪さんは思うかな。
漆器や家具などの漆の赤はとても華やかな印象がある。
でも、自然の漆はどんな色だろう。もしかしたら、私好みの深い「赤」があるのではないか。

調べていくうちに、漆には、樹の皮などがまざった「生漆」(きうるし)があることを知りました。そして、福井県で日本の天然漆を精製して150年という「辻田漆店」に出会うことが出来た。

「漆は塗布して空気に触れると、数分で色が変化していきますよ」
とご主人の辻田さんにお聞きするまで、まったく考えてもみなかったけれど、
初めて漆を扱う私にイメージ通りの色が現れてくれるのか…。
そこで知人の彫刻家、保井智貴さんに電話をして助けを求めました。
彼の彫刻作品は繊細で深い色の漆で着色されていて、その扱いにとても慣れているから。
漆が入ったチューブを空けた瞬間に、「何ともいえない匂い」がして、
とても懐かしいような気持ちになりました。

私は制作の最後に保井さんに質問しました。
「なぜ作品に漆を使うの?」
彼はゆっくりと言いました。
「漆は生きているから…」

それは、私が漆を選んだ気持ちと同じでした。

華雪さんの作品が早く見たいです。
私は明日、暗室で一日写真を焼きます。

りょう追伸:手についた漆は細い針で刺すようにジンジンと痛み、数日格闘しました。

りょうさんへ

さっき「匂」を書きました。

匂いに「赤」を感じたりょうさんがいて、
一方、わたしはどうしても匂いをひとつのイメージに絞りたくない気持ちでいました。

日々たくさんの匂いに溢れたなかにいるけれど、
そこでひとつの匂いとして改めて感じるのは、
自分の記憶やなにかとが結び合わさったときだけなのかもしれない。
そう思うと、普段、自分のまわりにある匂いのほとんどには気づいていないような気もする。

様々な匂いが混ざり合った様子を考えていたら、
子どもの頃、いろんな色を混ぜ合わせると灰色になることを思い出しました。
また灰色は、混ぜようによって、きれいな灰色にも濁った灰色にもなる。
すると匂いは灰色のようにも思えてきました。
いい匂いも悪い匂いも混ぜこぜの日々にいて、
でも匂いを感じるときには、自分がなにかの匂いを選び取って感じているのだと思ったら、
匂いを感じるということのあいまいさも感じます。

そうして考えているうちに、使い慣れた墨を薄めれば灰色は簡単にできるけれど、
あえていつもとは違ういろいろな素材を混ぜ合わせてつくった灰色で、
「匂」を書いてみようと思いつきました。

華雪

香りの視点_No.001「匂い」
終わり

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華雪「匂」
和紙,顔料,サラダ油,インスタントコーヒー
490mmx650mm

Kasetsu “Smell”(Nioi)
Washi, coloring, cooking oil, instant coffee
490mmx650mm

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一井りょう「匂」
4×5 フィルム :アナログ(手現像・手焼き)

Ryo Ichii “Smell”(Nioi)
4×5 film : analogue (developed by hand)